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Images from the 2019 Monster Energy Yamaha MotoGP Photoshoot
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MotoGP - モンスターエナジーとヤマハの10年間のパートナーシップの軌跡

Feb 072019

 ヤマハとモンスターエナジーの提携関係はこれまでもしばらくの間、MotoGPでは馴染みの光景だったが、モンスターエナジー・ヤマハMotoGPチームの結成の背後には、とてもクールで興味深い情報が隠されている。そこで、これまでレースファンの鋭い嗅覚でも捉えることができなかったであろう10の真実を深く掘り下げてみた!

1)モンスターエナジーのロゴマークがヤマハのMotoGPレースマシンのカウル側面に描かれるようになってから、2019年で11年目となる。両者の関係は、テック3チーム時代に始まる。その時のライダーは、ジェームス・トスランド(James Toseland)とコーリン・エドワーズ(Colin Edwards)だった。チーム代表のエルベ・ポンシャラル(Herve Poncharal)は、ブラックの車体色を身にまとったテック3のYZF-M1が、著名な雑誌によって「ベストルッキングバイク」に複数回選出されたと主張している。

2)モンスターエナジーは、今を遡ること10年前、2008年に初めてヤマハと提携した……しかし、それはMotoGPではなかった。デビッド・フィリッパエルツ(David Philippaerts)は、2008年モトクロス世界選手権の最終戦、プレミアクラスで接戦の末勝利を収め、イタリア人初のFIM世界チャンピオンとなった。黒と緑のヤマハYZ450Fは、誇らしくナンバー1のプレートをつけ、表彰台の最上段へ吊り上げられた。それ以来、ヤマハとモンスターエナジーの関係はさらに深まり、モンスターエナジーのロゴであるクロ―(爪)マークは、スーパークロス、モトクロス世界選手権、エンデューロレース、ヨーロッパ選手権、そしてもちろんレースの最高峰、MotoGPなどあらゆる分野でのヤマハのマシンで見られるようになった。

3)モンスターエナジー・ヤマハYZR-M1のファクトリーマシンは、完全なプロトタイプのオートバイである。このマシンは、最高速度は時速360キロ(およそ時速230マイル)を超え、最高出力は240馬力、重量は157キログラム(346ポンド)だ。レースに特化した非常に高度なテクノロジーを結集したYZR-M1のファクトリーマシンは非常に高価であり、昨年のモデルには150万ユーロ(2億円弱)のプライスタグが付くだろうといわれている。

 

4)今シーズン、バレンティーノ・ロッシは自身のMotoGPレース参戦歴が300レースに到達し、全クラスを合わせた参戦歴は400レースに達する見込みである。ロッシは1996年以来、世界選手権のパドックに登場するようになった。そして、過去23年間のレースにおいてたった4回しか欠場していない。2019年シーズンは、ロッシにとってヤマハ所属が14年目、そして、2013年に「ヤマハブルー」に復帰してから連続して7年目の在籍となる。

5)ロッシは2月16日に40回目の誕生日を迎える。ロッシがこれまで生きた40年のうち、「ザ・ドクター」(ロッシの愛称)としては、10年間、モンスターエナジーのアスリートとして活躍している。ロッシは自分の名前を冠したドリンクをリリースしたことがあり、2016年には、特別な5つのエピソードを収録したビデオシリーズの主人公になった。

 

6)現在、マーベリック・ビニャーレス(Maverick Viñales)は、モンスターエナジー・ヤマハのダブルアクトの1人として大半の勝利を収めており、表彰台を4回獲得している。(そして、2018年のオーストラリアGPではスリリングな優勝を飾った。)ビニャーレスはYZR-M1に乗った初シーズンを年間3位の順位で締めくくった。2011年に、まだ10代の選手としてデビューした時から使っていた#25番に代わり、今年、ビニャーレスは初めて#12番をつけて走る。

7)ビニャーレスは元世界チャンピオンである。18歳の時、ビニャーレスは、現在のライバルであるアレックス・リンス(Alex Rins)に対し、ファイナルラップで0.2秒の僅差をつけ、2013年のMoto3クラスのFIMタイトルを勝ち取った。コスタ・ブラバの町ロザス出身であるビニャーレスは、10代の時から類稀な才覚を表し始めており、まだ4戦目のグランプリレースで勝利を収めていた。その場所はどこか?モンスターエナジー・フランス大会である。

 

8)2019年は、2005年以来、イタリアのモンツァ・サーキットから程近い場所に拠点を置くヤマハモーターレーシングのMotoGPでの運営を統括するリン・ジャービス(Lin Jarvis)にとってMotoGPに関わる20周年記念の年である。その間、ヤマハは7回のライダーズタイトルと6回のコンストラクターズチャンピオンを獲得し、2008年から2010年まで、3年間連続して3冠(ライダー、コンストラクターズおよびチーム)を達成した。ヤマハのファクトリーチームの化身とも言えるジャービスは、1999年以来、3人のスペイン人、3人のイタリア人、そして2人のアメリカ人ライダーの指揮を執ってきた。

9)モンスターエナジー・ヤマハMotoGPチームは、イタリアの拠点でおよそ20名のスタッフを擁しているが、クルーの人数はMotoGPのレース時には大幅に増え、技術者、メカニックおよび接客を行うスタッフが次々とサーキットに集まり、人数が倍増する。ピットでは、計8人の専属メカニックと技術者がそれぞれのライダーを専任で担当する。

 

10)バレンティーノ・ロッシが1996年のマレーシアGPの125㏄クラスでデビューした時以来これまでずっとレースで使用し続けているバイクナンバーは何だろうか?そう。#46番だ。この数字を逆に並べると、2019年の今年は、ちょうどヤマハがFIM世界選手権に参戦して以来の出場年数となるのだ。

 

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